納谷知佐ソプラノリサイタル
影のリゴレット・おわり・・・・・・終りだ。何もかもが、あの呪いの
言 葉に始まり、そして終わった。
残ったのは、この醜い体と、空っぽの頭、そして空っぽの心。
もう嘆くまい。いくら嘆いたとて亡くしたものが戻るわけでも
ない。
だが・・・・・・嘆かずにはいられない。
おゝ、愛しい娘よ、最愛のジルダよ、
愚かなこの道化の軽い口を何万遍動かしたところでお前はもう
戻り はせぬ。
だが語ろう、この口を、役に立たぬこの穴ぼこを動かしている
間 は、少なくとも悲しみの闇に塗り込められることはない。
聞いてくれ、闇に潜む悪魔よ、地の底にうごめく亡者どもよ。
この 哀れな道化、リゴレットの哀しい笑い話を・・・・・・
ことの始まりは昨夜。、マントヴァ公爵の舞踏会でのこと。女
に目 のない公爵は、チェプラーノ伯爵夫人に目をつけ、口説き 落そうと していた。その同じ視線が、私の娘にも注がれていた とはつゆ知ら ず、私はこの軽口に物を言わせ、さんざんにチェ プラーノを嘲笑し 毒を吐き散らした。そこへ現われたのは、娘 を公爵にもてあそばれ て怒りのおさまらぬモンテローネ伯。宴 に水をさしたこの男を、私 は思う様侮辱し、からかってやっ た。
― そして、モンテローネ伯の口から放たれた呪いの言葉
「父親の苦悩を嘲笑う、お前こそ呪われるが良い」
そう、その言葉が私を奈落に突き落としたのだ。呪いの言葉
は、そ れを恐れるものの上に降りそそぐ・・・・・・
第一幕 ― U ―
影のリゴレット・神よ、何故私だけをお苦しめになる。
この醜い体を与えたもうた上に、何ゆえ私からたった一つの心
の安 らぎまで奪い取られたのか。
しかも、わが娘ジルダとあの憎むべき公爵を引き合わせたの
は、他 でもない、教会というあなたのみもと・・・・・・
(慌てて十字をきり)いや、おうらみ申しますまい。
すべてはこの身からでたこと。そう、私はあの殺し屋、スパラ
フチ ーレと同じ、人を殺すのがこの身のよすが。やつは剣を使 い、私は 言葉を使う。
たとえ意にそまぬ商売であろうと、私は幾多の人の心を言葉で
切り さいなんできたのだ。そのあげく、私がさんざん馬鹿に し、笑いも のにしてきた者達の恨みを買い、ジルダをこともあ ろうに私の愛人 だと勘違いした彼らが、公爵のもとへ娘を連れ 去ったのだ。
しかも、知らぬとはいえ、その手助けをしたのはこの私自身。
そう、呪いの言葉がその力を振るい始めたのだ。
奴らが去ったあとには、愛しい娘のスカーフだけが残されてい
た。
影のリゴレット・おゝ、呪いの言葉はどこまでも私を縛る。
愛している‐誰を‐マントヴァ公爵を
愛している‐誰が‐いとしい娘のジルダが
私は娘を追って、公爵の邸へ飛び込んだ。
ジルダが私の娘だと知った家来どもは驚いたが、しかし時既に
遅 く、ジルダは公爵に辱めを受けた後だった。
公爵はジルダを二重に裏切った。
自らを貧乏学生と偽り娘の気をひいた。
そしてその不実な心のままに娘を陵辱した。
たった一日で、全ては変った。たった一日で―
私は復讐を誓った。
モンテローネ伯の呪いの言葉の矛先を公爵にも向けてやるの
だ。
これ以上、悪くなりようはない・・・・・・これ以上。
しかし、それを上回る災いが私を待っていた。のろいは執拗に
私を 追い詰める。
愛している・・・・・・誰を・・・・・・憎むべき公爵を
愛している・・・・・・誰が・・・・・・かけがえのない娘が
影のリゴレット・待ってくれ太陽よ。もうしばらく、その歩みを
止め て私に話をさせてくれ。話が終われば、夜の帳と共に私も 姿を消そ う。日の光は今の私にはまぶしすぎる。この醜い体と うつろな心 を、白日にさらすのはあまりにもつらい。
公爵の不実を知りつつも、ジルダは奴を愛しているといった。
私は復讐の刃を奴に下すため、ジルダと二人、殺し屋スパラフ
チー レの宿を訪れた。その時奴が、下級将校の服を着て宿に現 われ、殺 し屋の妹マッダレーナを口説き始めた。
一部始終を見てジルダは嘆いたが、それでよいのだ。あとは奴
を始 末し、私は娘と二人ヴェローナに逃げ、新しい暮らしを始 める−そ のつもりだった。
しかし呪いはあくまでも私を逃さなかった。ジルダはその場を
去ら ず、ころしの計画を聞いてしまった。そして乞食に身をや つし、自 らを身代わりにささげたのだ、あの不実な男のため に。
殺し屋は、マッダレーナが公爵を殺すことを嫌がったため、そ
の代 わりにジルダをつめたい刃で刺し、袋に詰めて私に渡し た。
私はそれを川に沈めるために運んで行った。中身が愛しいジル
ダで あるとも知らず。その時公爵の声が聞こえた、幻ではない この耳に はっきりと・・・・・・
そして袋を開けると、そこにジルダが・・・・・・ああーっ(叫ぶ)
つかの間ジルダは息を吹き返し、そしてこう言った。
― あの男を許してくれと。
モンテローネ伯爵よ。呪いは成就したぞ。
考えられる限り、もっとも残酷な方法で ―
考えられる限り、もっとも残酷な結末で ―
私はもう去らねばならぬ。
私の魂は死んだのだ、愛しいジルダと共に。
物言わぬもの達よ、しっかりと見届けよ、悲しい結末を、夜の
織り 成す最後の幻を ―
(立ち上がり)おわり、終りだ・・・・・・おわり、終りだ・・・・・・
おわり、終りだ・・・・・・おわり、終りだ・・・・・・(去る)
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